宮下公園 アーティスト・イン・レジデンス
「Parkさんと自律空間レアを語る夕べ」レポート
今回『PARKさんとRheaを語る』というイベントに参加し、「Rhea」(レア)に関する写真、話をPARKさんから聞きながら公共空間とは何か、公園とは何かについて改めて考え直させられた。というのも、宮下公園の現状と「Rhea」の背景にはいくつもの共通項のようなものが見て取れるからである。
私自身、宮下公園の現状についてはっきり理解しているとはいえないがPARKさん達が龍山(ヨンサン)のキャンドルメディアセンター「Rhea」で体験した系譜を見ることにより宮下公園の置かれている現状が俯瞰的に見ることができた。
韓国では現在、再開発が行われており、その再開発というのは空間を開拓するのが主体で住人には配慮されておらず公共性についても同様のことが問題となっている。
また、現在その再開発がなされている地域というのは貧困層の多い地域で再開発により貧困層の人々の居住区が無くなってきているという。そのような再開発が行われている地域の一つである龍山(ヨンサン)はソウルの真ん中に位置し、交通の要所としても機能している場所である。そのような場所に非正規のメディアセンターを作ろうという考えからキャンドルメディアセンター「Rhea」は作られた。「Rhea」は元々はビアガーデンで立ち退きに反対されて亡くなられた方が経営しておりその遺族の方達に了解を得て作られた空間である。「Rhea」は四階建てでそこはカフェ、ギャラリー、メディアセンター、とっても貧乏なアクティビストの宿泊施設という多彩な空間であった。そのことをPARKさんが複合闘争空間と言っていたのがとても印象的だった。
しかし、そんな「Rhea」も今年1月末に閉鎖された。撤退の際、行政に対しPARKさん達は3つの要求をした。1、遺族の保証 2、政府の謝罪 3、龍山再開発反対運動のなかで逮捕された仲間の釈放。
要求の結果、1は承諾され2は遺憾の意の表明に止まり3は却下された。そんな「Rhea」での生活をPARKさんは特別だったと振り返る。いろんな人達が来て対立とかもあったが、重要な事は出会いの場所であり安心して話すことができる場所として機能することである。と強調して言っていた。これは宮下公園が目指している場所そのものであり、そのような場所にしていくためのヒントは「Rhea」にあるのではなかろうか。
RINTARAW
『怒る西行』上映会レポート
“宮下公園の、『西行』”
七月二十三日夜、渋谷区宮下公園で、『怒る西行』の上映をやらせて貰いました。
御承知の通り、映画界の現状たるや作るよりも興行する方も何が何やら訳の分からない状況で、それに比べれば(金銭面は別にして)非常にシンプル、すっきりした上映会だったと思います。
ところで…上映会の後、山川君とのトーク、そして質疑応答という事になったのですが…最後のほうで、或る妙齢の女性から、「沖島さん、とっても素敵。皆さんも、そう思われませんか?その事について、御本人はどう思われているのか伺いたいと思います。」
空には黄色い月が昇っていた。
私はしばし愕然とし…それから、山川君と顔を見合わせた。長い沈黙の後、やっと口をついて出たのは、「私はもう、いゝ
これは事実です。もっとも、「一仕事」の中身は、既に完成させている三本のシナリオを映画化する事が含まれているので、これはこれで大変なのですが…。
『怒る西行』は私自身が出演し全編喋りまくっている映画だから、その事についての質問が出るのは覚悟の上の映画なのだが(「あつかましい」とか「図々しい」とか)、しかしこのような質問が出ようとは…!
そこで、「私のように、他人に自慢出来るような何物も持っていない人間ですら、かつて或る女性から、ちょっとナルシスト的なところがあるんじゃない?と言われたことがあり…」
そこで―「自分へ対するストイックな厳しさ、自分自身へ対するあまりに厳しい自分が居る。その事が、そのような印象を与えたのではないでしょうか…」
答えになっていたかどうか…。しかし、一年に一回も鏡を見ないような人間に、こう云う質問をされても…(!)
続いて、「西行」の話に話題を移した。
西行は、物凄く女性にもてた人物です。それは白洲正子氏が、その著『西行』でしきりに述べておられるし、事実、白洲氏自身が西行という人に惚れ込んで、あの名著『西行』をものにされたのですから。
しかし、西行は二十四才の時、突然出家する。
これはトークの時には言わなかった事ですが、西行(本名=佐藤義清)は幼くしてまず母を、次いで父を亡くしている。そうして父方の祖父からは武術を、特に弓術と馬術を徹底して訓練され、又、母方の祖父からは、文物と蹴鞠(けまり)を仕込まれた。「重代の勇士」と言われていたから、先祖代々の武人の出で、初代・儀藤太秀郷から数えて九代目の孫と云う事になる。「家富み」何不自由無い暮らしであったと云うが、宮仕えの職も妻子も捨てゝ、キッパリ、出家した。その理由については過去様々な説が唱えられているが、本当のところは分かりようもない。
たゞ、こゝで思い出すのは、三田誠広氏の小説『西行』の冒頭に出て来る、西行の幼少の頃の事である。彼は現在の岐阜県・青墓という宿場町で、遊女の家に預けられた。遊女といっても格式のある家で、今様の名手が代々続いている。幼い義清は、或る夜目覚め、自分は何故こゝに居るんだろうと思い、遠く女達の歌う今様を聞きながら、再び眠りについていく。両親のいない淋しさは当然のこととして、それ以上に、女達の愛情を一杯に受けて育ったのである。西行の出家を思う時、自分は何故こゝに居るんだろうと云う根源的不安と、栄養たっぷりな、女達の愛情を思わずにはいられない。
平凡な大人の生活(下級貴族としての宮仕え)を、生の旨味をたっぷり吸った少年・義清が、許さなかったのである。
最後に、有名な今様の一つ(この冒頭の一行が、私の予定している三本の作品の一つのタイトルになる予定です)を掲げておく。
遊びをせんとや 生まれけん
戯れせんとや 生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さえこそ 動(ゆる)がるれ
「出家してからの西行の、修験者のような生涯は、どこかで、母性的・女性的なものに支えられている…そういう意識なしには、難しかったのではないでしょうか?」
そんな言葉で、トークは終わった。
山川君が言ったように、最初、真上にあった月は、随分と、西の方へ傾いていた。
宮下公園の「西行」は、怒っていただろうか。
沖島勲(映画監督)
沖島勲監督の『怒る西行』(2009年)を現在の宮下公園で上映しようと思い至ったのには、いくつかの理由がある。再開発の危機にある玉川上水が舞台となった映画であることはもちろん理由の一つであるが、そのことばかりを念頭において映画を観始めると観客は肩すかしをくらうことになるはずである。映画は冒頭から最後まで徹頭徹尾、沖島勲の文学、美術、散歩道のつれづれなる思索の断片が語られるがままに流れてゆき、それはほとんど個人映画と言ってもよい体をなしている。もし反対運動を鼓舞し高揚させるもの、あるいは再開発に晒された場所に相応しい情報を映画に期待していたとすれば、人は怒りだすか、呆れるか、さもなければふと自らの思考の歩みを止めて、ただただスクリーンの中の沖島さんの歩みに同伴するようにして、自らの眼差しを這わせていくことになるのではないだろうか。これまでの宮下公園屋外上映会の積み重ねがあってこそではあるけれども、『怒る西行』の上映は「再開発」という前もって与えられた情報を一旦忘れて、風景をじっと眼差し、その空間に身を置く人物の言葉にそっと耳を傾ける、そのような視聴覚の洗濯を宮下公園で行なう試みであった…といえばあまりに高踏的な物言いに聞こえてしまうかもしれないけれども…そうなって欲しいという願いが込められていた。「ナイキパーク化の危機に晒されている」といった意味を前面に押し出すことで実際の宮下公園から見落とされてしまうものはあるのだろうか、ないのだろうか…。「ナイキパーク化反対/賛成」と言った考えをひとまず脇に置いて、今ここにある公園をただただじっと眼差したとき、私たちはその風景とどのような関係を改めて取り結ぶのだろう。雑草や落ち葉、木々や風、月や雲、鳥や昆虫の声、鼠や猫の排泄物、階段やスロープ、砂埃や石、落書きや余白、ゴミやアート作品たち。子供たちの声と野宿者たちの寝姿とスケーターたちとグラフィティ・ライターたち、写真学校の生徒たちとお笑い芸人たちと演劇人たちと恋人たちと不審者たち、キャメラを持つ者たちとアーティストたちと活動家たちと。
もう一つの理由、というよりは、むしろ私の欲望と言い直したほうが適切かもしれないけれども、玉川上水のせせらぎの音を宮下公園に響かせたい、そんな想いがあった。玉川上水には鬱蒼と草が生い茂りなかなか水面すら視認することが叶わない場所もある。それでも映画の後半、ほたる橋に沖島さんと石山さんが肩を並べてボッティチェリについて語らい合うとき、二人を背面から写し出すキャメラは彼らの肩越しに玉川上水の水面を捉え、耳を澄ませば、川のせせらぎの音が確かに響いてくる。宮下公園の脇には暗渠化された渋谷川が流れているという。実際にはよほど雨が降らない限りは水も涸れた暗いトンネルのようなものだというけれども、時間と空間を超えて暗渠化した渋谷川と玉川上水といった二つの場所が共鳴しあう瞬間が顕現し、私たちの想像力を潤してくれるのではないかという願いがあった。さて、どうだったのだろうか…これについてはよく分からないのだけれども。
『怒る西行』は玉川上水を舞台にした沖島勲の個人映画のようなものだ、と書いた。だから、映画が終わるまで、監督個人の考えをずっと聞かされ続けた気分になった人もいるかもしれない。だが、沖島さんはどこでもない虚の空間ではなく、玉川上水の散歩道といった現実の空間を確かに歩いている。その言葉は沖島さんが久我山に住んで以来、何十年と歩いてきた玉川上水べりの時空間と密接な関わり合いを持っている。自宅の書斎で読んだに違いないー実際に私自身、沖島さんの自宅で目にした関連書籍がいくつかあるー若桑みどり、ボッティチェリ、ヴラマンク、横尾忠則、つげ義春などの固有名がつぶやかれるとき、沖島さんの書斎と玉川上水の散歩道といった二つの場所が柔らかな風に乗ってフワフワと往還し始め、現在の玉川上水の風景に書物の時間や六十歳を超える沖島さんの幼年時代までもがすっと流れ込んでくる。それらは切り離すことはできず、また一体化できるものでもなく、複層的な風景を成しているのだけれども、これは監督である沖島さんに限ったことではない。キャメラのフレームを横切っては消えていくあらゆる通行人の数だけ、玉川上水の時間と空間は複層化してあるはずだ。そのようにスクリーンを眼差しているうちに、あたかもボルヘスが描いた「アレフ」を見つけてしまったような幻惑的な目眩いを感じさせてしまうのがこの作品の力だ、と言い切りたい。映画の冒頭で杉並木の先にあたかも神社が幻視のように見えてくる、と語った沖島さん自身がアフタートークで「今日映画観てみたけど、僕自身、神社があるようには全く見えなかったね(笑)」と告白したとき、多くの人がずっこけたに違いないが、つまるところ沖島さん自身にとっても玉川上水の風景は常に同じ時間と空間である訳ではないということだ。
そんな映画を私たちは宮下公園で観た。
先日行なわれた宮下公園の夏祭りにて、宮下公園近辺の古い写真を収集し、当時近隣に住んでいた人たちに写真について語ってもらうという企画をremo東京が行なった。宮下公園が出来る頃のかつての写真と記憶。当時のことを振り返る男性の言葉は単なる追憶に留まらず、2010年の宮下公園の空間に現在の言葉としてしっかり響く力を持つ。暗闇の公園で彼の言葉を聞きながら、宮下公園のあちらこちらで小さな扉が開いていき、過去・現在・未来の時間が流れ出していくような気がした。個々人の身体や記憶と密接に結びついた場所は、無数の形を持ってそこにある。だからこそ、沖島さんが言う「多少でもいいから『地面』に立ってないと幻想すら生きていけない」という言葉にはある種の空間の再編がそのような人間の想像力や存在までも根こそぎ変えてしまうという警鐘を聞き取ることができるはずだ。
三十分ほど経っただろうか、話し始めたときには鬱蒼とした木々の合間から見えていた月がアフタートークの終わりには、あっという間に西に大きく傾いていきほとんど姿を消そうとしていた。そのときも不思議だったが、今になって振り返るとどう考えても不自然なスピードで月が動いていったように思えて仕方がない。月が消えかけたことを理由にアフタートークを終えた訳だが、今でも釈然としない思いは残る。沖島さんは千四百話にわたって執筆した『まんが日本昔ばなし』の脚本の中で摩訶不思議なストーリーを大いに語り、『出張』(1989年)の中に登場する飲み屋の姉妹もまた実は狸と狐であったかもしれない、という含みを持たせた作り方をしている作家だ。そんな沖島さんを招いた催しだから、きっと狸か狐が私たちをだまくらかしたに違いないという荒唐無稽なこじつけをするに至ったのだが、何のことはない狸は本当に宮下公園にいたらしい。戦前の話ではない。つい最近、山手線の車窓から狸が歩いているのを見かけたというレポートがあった。しかも親子連れで。本当なのだろうか。初めて宮下公園を訪れてから既に十数年が経つが、私は一度も狸を見たことはない。宮下公園について知らないことは沢山ある。
山川宗則 (A.I.R Miyashita Park)
「Parkさんと自律空間『Reah』を語る夕べ」
Parkさん。大阪生まれ、ソウル市育ち。本人は自分のことを「僕は土方だよ」とか「フリーターだよ」とよく言います。実際にそうなのですが、一方で美術家であり、またメディア活動家、珈琲愛好家といった顔も持ち合わせている人です。既に昨年から宮下公園には何度か訪れているParkさんですが、今回も残暑の厳しい公園にやってくるようです。作品を作るかどうかはまだ分かりません。先月ニューヨークでの展示も時間がないからと作品を作らずにギャラリーで珈琲をひたすら作り続け、韓国語でニューヨーカーと語らい合うというパフォーマンスで切り抜けたそうです。
さて、そんなParkさんですが、昨年から今年の一月末までソウル市の龍山(ヨンサン)地区に存在した「Reah(レア)」という「ギャラリー/カフェ/メディアセンター/とっても貧乏なアクティビストの宿泊施設」を兼ねたスペースを彼は維持してきました。この構成からも推察されるように「レア」はアート、コーヒーとタバコ、メディア活動、運動が混じり合った文化複合空間でした。長いあいだ放置されて電気も水道も通ってなかった建物を自分たちで整備し、一から自分たちの空間を作り上げていったとも言います。この空間が作られた背景には「龍山惨事」というソウル市の再開発に抵抗していた建物の住民に対して、警察の特殊部隊が強引な鎮圧を計った結果、5人の抵抗者と1人の警察官が火災で亡くなったという事件があります。そのため「レア」の文化活動は常に警察権力やヤクザたちに取り囲まれながら行なわれていたと言います。
ところで…..Parkさんによると「僕はレアのボス」とのこと。とはいえ、いろんな人たちがレアを訪れるのは良いものの、誰一人としてちゃんと掃除をして帰らないので、昨年末には「一人ボイコット」を敢行、レアを訪れる人たちの意識改革を迫るなど「ボス」という言葉の響きとは程遠い涙ぐましいまでの努力で活気ある自律的なスペースを維持してきた人です。
そんなParkさんを8月31日(火曜日)19時30分より、宮下公園にお迎えして「レア」のこと、または自律的なスペースのあり方について宮下公園の現在と交差させながら語り合う機会を持つことになりました。
きっといろんな話が聞けると思います。ぜひ足をお運びください。
http://airmiyashitapark.info/wordpress/
■場所:宮下公園原宿側(渋谷駅から、原宿方面に徒歩2分の線路ぎわ)
■参加費:無料(カンパ受け付けます)
※アルコールの持ち込みはご遠慮ください。
※ゴミは各自でお持ち帰りください。
※授乳・オムツ替えのテント、あります。
※宮下公園は駐車場の2F&陸橋もある公園です。真ん中にある陸橋の下あたり、線路沿いに車いすのひとや大荷物のひとが原宿側に上がれるゆるやかスロープあり。http://airmiyashitapark.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/05 /MMAP3.png
■問い合わせ先
A.I.R Miyashita Park メール:airmiyashitapark(at)riseup.net
※(at)を@に変換して送ってください。
Candlelight Media Center “Rhea” – member
Media Culture Action – artvister(Art+Activist)
Art collective “MAKK” – artist
Art collective “Microweiv” – artist
http://blog.jinbo.net/makker
artvister@gmail.com
Organizations
2009~ Candlelight Media Center ‘rhea’ Member(http://blog.jibo.net/rhea)
2008~ Art collective “Microweiv” – artist
2005~ 2008 Media Culture Action – activist(Art&media)
2001~ Art collective “MAKK” – artist
2001~ 2006 labornet in S.korea – media activist (http://nodong.net)
Art collective “Microweiv”
Exhibition
2008
“Space C gallery”/ Seoul, Korea
Media Culture Action
Art&culture Action
2008
Laser Tag&pilot FM radio broadcast “Seoul City Inside”/ Seoul, Korea
2007.11~
“Korea Exchange(KRX) Outside”/ Seoul, Korea
Video Works
2007
Video Performance, “Seoul City Inside”/ Seoul, Korea
2005
Video Performance, “haeundae bathing place”/ Busan, Korea
Internet Broadcasting
2008
Technology(broadcast managment) & Camera, “KCTU” / Seoul, Korea
2006
Art(Studio Design) / technology(Studio construction/broadcast managment),
Culture Action / Seoul, Korea
Art(Studio Design) / technology(Studio construction/broadcast managment),
Jeju island, Korea
2005
Art(Studio Design) / technology(Studio construction / broadcast managment),
Busan KCTU(Korean Confederation of Trade Unions) / Busan, Korea
Art(Studio Design) / technology(Studio construction/broadcast managment),
HongKong Peoples Alliance, HKPA / Hong Kong
Performance
2007
Press Center / Seoul, Korea
2006
Chung-gae Open Space / Seoul, Korea
Sunyudo Park / Seoul, Korea
policy for the Cultural Houses) Ministry of Culture building / Seoul, Korea
Cheonggaechun / Seoul, Korea
Pyeongtaek Daechuri Primary School Playground / Pyeongtaek, Korea
Technical Support / Jeju island, Korea
Collective ‘MAKK’
Solo Exhibition
2006
2004
Opening Exhibition of Vinyl Gallery,
Projects
2003 project 4
Maebong Tunnel / Seoul, Korea
2002 project 2
Traveling Exhibition,
Sonjun Primary School / Seoul, Korea
Stone & Water Gallery / Anyang, Korea
project 3
Jangchung Middle School / Seoul, Korea
2001 project 1
Bangbae-dong Reconstruction Area / Seoul, Korea
Stage Design
2006
TV Studio Design
RTV, a Citizen’s Network / Seoul, Korea
2005
Seoul Arts Center_Towol Theater / Seoul, Korea
(Deresa Choi Dance Company)
Theater of Korea_Main Hall-HAE / Seoul, Korea
Movie Arts
2003
Art/ Property
「HOSE 夜の演奏会」音のレポート(27分20秒)(赤文字部分をクリックするとサウンドプレイヤーが開きます)
recorded & edited by Taku Unami
【HOSE 宮下公園 夜の演奏会】
HOSE
前世紀末より活動するディプレッシヴ・イージー・リスニング五重奏。2007年7月にファーストアルバム『HOSE』を、2008年12 月にセカンド『HOSE II』をリリース。2010年主な活動。1月、円盤ジャンボリーにてju seiと合同演奏。暗闇で泣き続けた後、ケイト・ブッシュとマドンナのカバー。mmmレコ発にて、mmmとkkkをうっかり間違え白い三角頭巾で登場する 失態。その直後、江崎將史トランペット紛失。2月、田中功起ビデオ作品「トンカツに聴かせたいミュージック」をトンカツ屋で撮影するだけのために新潟へ赴 くが、29年ぶりの大雪に見舞われ全員死にかける。委嘱元の新潟市美術館、他の作品から湧いたクモの群れが問題になり、展覧会中止。ほとんど誰にもみられ ぬままお蔵入りに。泉智也、ストレスとラーメンの食べ過ぎにより腸炎をおこし入退院を繰り返す。4月、ポレポレ東中野にて、宇波が音楽を担当した鎮西尚一 『スリップ』上映にあわせて岸野雄一氏と合同ライブ。泉、宇波は覆麺五段。
http://hose.hibarimusic.com/
■日時:8月21日(土) 20時より (ちょっと遅れる可能性あり)
※雨天中止の場合は当日の16時頃にA.I.Rのブログにてお知ら せします。
http://airmiyashitapark.info/wordpress/
■場所:宮下公園原宿側(渋谷駅から、原宿方面に徒歩2分の線路ぎわ)
■参加費:無料(カンパ受け付けます)
※アルコールの持ち込みはご遠慮ください。
※ゴミは各自でお持ち帰りください。
※授乳・オムツ替えのテント、あります。
※宮下公園は駐車場の2F&陸橋もある公園です。真ん中にある陸橋の下あた り、線路沿いに,車いすのひとや大荷物のひとが原宿側に上がれるゆるやかス ロープあり。http://airmiyashitapark.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/05 /MMAP3.png
■問い合わせ先
A.I.R Miyashita Park メール:airmiyashitapark(at)riseup.net
※(at)を@に変換して送ってください。
8/6 fri -8/16 mon
EVEN(イーブン)さんのA.I.R ARTIST-IN-RESIDENCE PROGRAM宮下公園のナイキパーク計画に対して、テントを張って滞在制作や展示、イベント、ワークショップを開いている宮下公園アーティストインレジデンスでは、今回、イギリスのリバプールで活躍しているEVENさんのアーティストインレジデンスを企画します。
オープニングでのプレゼンテーションやワークショップ、作品展示など開きますので、ぜひ観にいらしてください。■The Art Organisation
http://www.theartorganisation.co.uk/
※本日15日(日)の催しです。
8/15. sun 17:00~19:00. 作品展示発表!
EVENさんの作品発表。10日間宮下公園で滞在制作した作品をご覧下さい。EVENさんを囲んでささやかなパーティを開きます。作品について、イギリスでの活動について、いろいろと話が聞けるかも。
【場所】宮下公園原宿側http://airmiyashitapark.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/05/MMAP3.png
<EVENさんレジデンス中のイベント>参加費:無料(カンパ受け付けます)
●8/6.fri 19:00〜. Opening (雨の場合8/7.sat)
19:00〜「The Art Organisation」EVENさんのプレゼンテーション
「The Art Organisation」はリバプールで、ビルのオーナーと交渉して獲得した10軒のビルを使って芸術活動をしています。EVENさんはそのスタッフのひとり。ギャラリー、スタジオ、ライブバー、カフェ、レジデンスなどのスペースを運営しています。
20:00〜質疑応答
20:30〜休憩
20:45〜「街を作る 公園を作る」パネルディスカッション パネラー:EVEN、戸叶トシオ、いちむらみさこ
※お酒の持ち込みはご遠慮下さい。
※ゴミはお持ち帰り下さい。
※授乳室・オムツ替え室あり。
※公園の真ん中にある陸橋の下、線路沿いに、
車イスなどで公園に上れるスロープがあります。
●8/13.fri 8/14 sat 18:00〜16:00〜 Workshop ※16:00から開始です。ご注意ください
シルクスクリーンでT-シャツなどにプリントします。T-シャツとシンプルなデザインのアイデアを用意してきてください。
●8/16.mon〜. Exhibit
EVENさんの滞在制作作品が宮下公園に展示されます!!
●お問い合わせ
airmiyashitapark@riseup.net
アトリエ・ワンは、建築理念を語る上で、関東大震災後のバラック研究を通し考現学を提唱した今和次郎(1888-1973)、路上で見つかるすべての物をその観察対象として路上観察学会を立ち上げた赤瀬川原平(1937-)や藤森照信(1946-)らの批判的な継承をうたっています。そこには、大きな資本や権威主義的な建築ではなく、路上に散見される生きる工夫に対する共感や敬意がこめられていたはずです。また、そのような環境と社会が共生する建築のあり方が評価され、第12回ベネチア国際建築ビエンナーレ日本代表にも選出されました。彼らの建築に対する態度を踏まえ、日本館コミッショナーである北山恒は以下のように述べています。
[…前略]2008年の資本主義経済の大きなクラッシュの後、資本権力のアイコンとしての建築が都市の主役から退場し、生活を支える建築のあり方が問われている。都市とは経済活動の場であるのだが、同時にその都市の大多数を占める主役は生活の場である。そこに立ち戻り、20世紀後半に展開した資本のスペクタクルではない、生活を主体とした静かな都市要素の集積が壮大な都市の変化を創ろうとしている、その変化そのものを表現したい。歴史上存在した、あらゆる都市は何らかの偏在する大きな力(権力)によって形作られてきた。私たちが眼前にみる生命体のように変化し続ける現代の東京において、これまで出現したことのない、遍在する弱い力(徹底した民主主義)による都市風景が生まれようとしている。それは、私たちが獲得しなくてはならない、環境と共生する都市、そして共同体としての生活を支える建築の姿を指し示しているようにも思える。
今、アトリエ・ワンがデザインを担当する宮下公園のナイキ化計画が進行中です。そして、その計画の目的の1つが公園内に住居を構える路上生活者の排除です。つまり、この宮下公園ナイキ化計画に加担するということは、北山が批判の対象とする「偏在する大きな力(権力)」による「資本のスペクタクル」を肯定し、同時に、路上生活者などを含む「遍在する弱い力」による「共同体としての生活を支える建築」を真っ向から否定するものでもあるのです。ですから、北山の読み取ったアトリエ・ワンの建築理念を実践するには、宮下公園のナイキ化計画から撤退する必要がある、と私たちは考えます。アトリエ・ワンが引き続き宮下公園のナイキ化計画に参加することは、これまでの業績が批判的検証されることをも意味します。
video:http://www.youtube.com/watch?v=p-xlhYCfQWY
When Atelier Bow-Wow explain their philosophy, they refer to people like Wajiro Kon (1988-1973), Genpei Akasegawa (1937-) and Terunobu Fujimori (1946-). Kon established modernology (as opposed to archaeology) through his ethnographic fieldwork on informal shelters that victims of 1923’s Great Kanto Earthquake built, while Akasegawa and Fujimori established Roadway Observation Society in 1986 to shed light on every little thing on the streets that could be a research object for artistic and architectural practices. Should Atelier Bow-Wow consider themselves as successor of these people, then their standpoint would be more in line to sympathise and respect the wisdoms applied to informal shelters such as use of discarded materials than to pursue large commercial, authoritarian architecture. Having been credited for such philosophy, Atelier Bow-Wow have been given opportunity to represent Japanese Pavilion for the 12th Venice Architecture Biennale. Koh Kitayama, the commissioner of Japanese Pavilion, introduces the concept of Japanese Pavilion as following:
Following the devastating crash of the capitalist economy, architecture, an icon of economic authority, has lost its leading role in the city and come to be questioned for its manner of supporting our lives. Although the city is the site of economic activity, the vast majority of its functions are concerned with daily life. Rather than looking at the economic spectacles that were developed over the latter half of the 20th century, I would like to express the fact that change itself, as an accumulation of quiet urban elements with daily life at their core, affects a spectacular influence on the appearance of the city. Throughout history, every city has been shaped by an uneven distribution of power (authority). In contemporary Tokyo, continually changing like a living organism before our eyes, an urban landscape, which has never appeared before, is being born out of a ubiquitous yet weak form of power (complete democracy). This also indicates the form of architecture that we must attain in order to support our lives as a symbiosis between environment and city, and as a community.
Right now, Nike’s project to regenerate Miyashita Park has been undergoing in Shibuya and Atelier Bow-Wow participate in the project as designer. One of the purposes of this project is ruthless gentrification of the park to evacuate homeless people who built informal shelters for living. In other words, Atelier Bow-wow’s participation means to support “the economic spectacles” by “uneven distribution of power (authority) which Kitamoto criticizes, but denies architecture of “ubiquitous yet weak form of power (complete democracy)”, including homeless people, which represents “as a symbiosis between environment and city, and as a community”. We strongly condemn their participation to the Nike’s project. Should Atelier Bow-Wow (Yoshiharu Tukamoto) put into practice their concept Kitayama incorporated in his introduction, they must withdraw from the regeneration of Miyashita Park. If Atelier Bow-Wow continues to participate in the project, their previous achievement should also be undermined significantly.
7/11 「”EMERGENCY” FREE LIVE SHOW」について
「宮下公園アーティスト・イン・レジデンス(以下A.I.R)」では公園に足を運んだ人たちが出会い、楽しみ、話し合えるような場を作ったり、公園を与えられたものではない形で利用していく意味を込めてイベントを催しています。A.I.Rが自ら企画し主催することもあれば、共催という形でイベントを行なうこともあります。イベントに足を運んだ人たちやイベントを共催する人たちに対して、A.I.Rが管理人のような立場にならぬよう、また、させられぬよう、私たちはみんなで一緒にその場所を作っていくように心がけています。
私たちが宮下公園にテントを張り、滞在制作を始めた3月15日から3月17日を第一弾A.I.Rとすれば、それ以降は第二弾A.I.Rとして多くのイベントが催されるようになりました。その中の一つとして7月11日の共催のライブ「”EMERGENCY” FREE LIVE SHOW」は行なわれました。
結論からいえば、今回のイベントに対して三度の警察の介入があり、ライブは途中で打ち切りとなりました。出演7バンドのうち3バンドは演奏をできぬまま終わらざるえませんでした。単なる音量の問題ではなく、警察は二度目の介入から明らかにこれまでのA.I.Rの取り組みに対しての政治弾圧の姿勢で臨んできました。3月16日に宮下公園の原宿側のフェンス封鎖を阻止して以来、一見、公園はのどかな無風状態のように見えていたかもしれませんが、常に緊張状態にあったといえます。区や警察といった権力は、常に私たちを排除せんと公園の様子を伺っていたでしょう。
また公園を誰もに開いていく日常的な試みの中で、無意識ながらも、声の大きい人、威圧的にふるまってしまう人、女性や立場の弱い人を軽視する発言をする人が公園を訪れ、声をあげることなく公園から遠のいてしまう人たちが出てきてしまうケースもありました。私たちはそのような日常的なレベルでの排除に対しても、より安全な公園を作るという趣旨で対話やワークショップを行なってきました。またテントの存在やA.I.Rの人たちが常に公園にいることによって公園に立寄りにくく感じる人に対しても、誰もが休むことのできるベンチを作ったりしながら「みんなの公園を作る」というプロジェクトを開始しています。最近のイベントでのアルコールの持ち込みについて「ご遠慮ください」「配慮してください」と明記するようになったのは、一見すると不自由に受け取られていたかもしれませんが、多様な人たちが集う公園での「自由」と「安全」について、いま・ここで根底的に考えていく試みの一端であったことを理解していただければと願っています。11日のライブイベントは、ナイキパーク化を阻止しながら「公園をひとびとが作る」という試みが孕んでいる複数の力を一見のどかな公園に顕在化させた点で意義があったと私たちは考えています。
演奏中の音を止めて様子を伺う、状況説明をしようとする人のマイクを奪って演奏を始めるーー警察の介入時において出演したミュージシャンたちの対応もさまざまで、「表現と場」についての問題も先鋭的に出されたと考えています。海外のある政治的な場でのライブでは、警察の介入があった際にステージ上からみんなと一緒になって闘ったミュージシャンがいました。私たちは、これらいずれに対しても直ちに判断を下すのではなく、表現、自由、安全、公共空間について考え、対話を続けることによって「公園をひとびとが作る」試みを多くの人と一緒に実践していきたいと思います。
11日のイベントではA.I.Rとして「セイファー・スペース」の取り組みも行なっていましたが、その成り立ちや意図が必ずしもみんなにきちんと伝わっていない様子でした。また警察介入にあたって出演アーティストや来場者に対して、しかるべき情報共有ができていなかったところがあります。混乱があったとはいえ、これらについては「みんなで一緒にその場所を作っていく」という私たちの試みが十全ではなかったと言わざるえませんが、だからこそ今後もこの取り組みを継続していきたいと考えています。
最後に。警察は「公園ではなくライブハウスで演奏すればいいんだ!」と私たちに言い放ちました。警察の言い放った言葉を私たちは反転させましょう。ライブハウスは公園ではありません。公園に集い、表現することについて11日のライブに立ち会った人たちは、それぞれで考えを反芻し、深めて欲しいと私たちは願っています。そして、また再会しましょう。イベントだけではなく、日常の静かで力強い公園の中で。
(宮下公園 アーティスト・イン・レジデンス)
【宮下公園野外上映会vol.7 沖島勲監督『怒る西行』】
東京・渋谷にある宮下公園が存続の危機に直面しています。渋谷区が 大手スポーツメーカーのナイキジャパンに公園の命名権を売却し、 スポーツ施設を設置した「宮下NIKEパーク」への改修工事が行われようとしています。一企業の利益優先や野宿者排除など、多くの問題を抱えたまま「宮下 公園のナイキ化計画」は、民主主義的な手続きを踏むことなく、区長や一部の議員のトップダウンで強引に進められてきました。そのような状況のなかで「宮下 公園 アー ティスト・イン・レジデンス(A.I.R Miyashita Park)」は公園という場所に身を置きながら、日々の行為や表現を通して誰もがアクセスしうる公共空間とは何かを考え、自力で「公園」を作ることに取り 組んでいます。
一方で、玉川上水もまた東京都が推し進める放射五号道路建設計画に従い再開発の危機に晒されています。玉川上水縁の散歩道を日々散策していた沖島勲監 督がその事実を知り、撮影に至ったのが『怒る西行』です。『怒る西行』は再開発反対を前面に押し出した映画ではありません。日々、歩き、思索を深めていた 場所と人間の関係性の豊かさや、そのような場所が失われることについて静かに描き出します。
「多少でもいいから『地面』に立ってないと幻想すら生きていけない」、沖島監督はそのように語ります。思えば宮下公園の地下にも暗渠化された渋谷川が今 でも流れています。再開発の危機にある玉川上水の映画を宮下公園でぜひ観ていただきたいと考えています。
上映作品:『怒る西行』(2009年/97分/カラー/DV撮影)沖島勲監督
にちじ:7月23日(金) 日没より(19時30分頃から。映画上映自体は20時頃を目処にしています)
※雨天の場合は翌日24日に順延となります。中止の場合は当日の15時頃にA.I.Rのブログにてお知ら せします。
ばしょ:宮下公園原宿側(渋谷駅から、原宿方面に徒歩2分の線路ぎわ)
●映画上映後、沖島勲監督のアフタートークあり
参加費:無料(カンパ受け付けます)
■沖島勲監督『怒る西行』についてのコメント
「新緑の中を吹く風に問うたもの……。」
とにかく、自然に作られた映画です。
五年半勤めた熊本の大学を辞めたのが、’07年の3月。’08年の11月には若いスタッフの前でこの企画について口にし、協力を依頼してい る。一年半の空白の後、又ゾロ、講義でもしたくなったかと思われると恥ずかしいが、そう云う気持ちがゼロではなかったにしろ、私は在学中にやっておきたい と思い、結局面倒臭くって止めてしまった“講義録”を残しておきたいと思っていたのだ。
私が教えていたのは勿論、基本的には映画・映像だが、そこからはみ出したものが随分多かった。と云うよりも、表現の基本、その欲求の根元にな るようなものを、自分の個人的な体験を交えて話すことが多かった。その講義録を、映像でやってしまえと、思ったのである。
そうすると極く自然に玉川上水添いの散歩道という“場所”に結びついた。
私はかれこれ40年近く、井の頭線・久我山駅近くに住んでおり、今は世田谷区だが玉川上水には今迄で一番近い。この場所に住んで既に20年に なる。今回歩いた井の頭公園へ至る道は、片道一時間半はかかるから、そんなにしょっちゅう歩くわけではないが・・・・・歩く度に、自然と人間(人工物)と の“童話的”とでも呼ぶしかない、不思議な絡み合いを感じる場所だ。
ところで皆さんは、例えば自分の立っている“時代”と言ったものを、どのように感じていますか?堅固で、リアリティの有するものとして感じて いますか?
私には近年、それがドンドン溶解して行っているように思えてならないのです。その時-我々と云う不思議な生物(自然)は何をとっかかりにして 生存して行けば良いのか・・・・新緑の中を吹き渡る風の中に、そのような問いを発したのです。
(沖島勲)
■沖島勲プロフィール
1940年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中より足立正生らと『椀』『鎖陰』を製 作。若松孝二や吉田喜重の助監督を務める。若松プロから『ニュー・ジャック・アンド・ヴェティ』(69)で監督デビュー後、TVアニメ『まんが日本昔ばな し』のメインシナリオライターとして約1400本の脚本を担当。他の監督作は『出張』(89)『したくて、したくて、たまらない、女。』(96)『YYK 論争 永遠の“誤解”』(99)。2005年にDVD-BOX『沖島勲全集』がリリースされる。2008年公開の『一万年、後‥‥。』は一万年後の日本に タイムスリップした中年男が幼い兄妹と繰り広げる珍問答を通して現代社会のひずみを浮かび上がらせる異色の会話劇。どのジャンルにもカテゴライズできない 大胆不敵な発想で注目を集めた。最新作は初のドキュメンタリー『怒る西行』(2009)。
※映画芸術シネマテークvol.5 『怒る西行』トーク 沖島勲 × 稲川方人(詩人)
http://eigageijutsu.com/article/136192614.html
■上映にあたって
※アルコールの持ち込みはご遠慮ください。
※ゴミは各自でお持ち帰りください。
※授乳・オムツ替えのテント、あります。
※宮下公園は駐車場の2F&陸橋もある公園です。真ん中にある陸橋の下あたり、線路沿いに,車いすのひとや大荷物のひとが原宿側に上がれるゆるやか スロープあり。
http://airmiyashitapark.info/wordpress/wp-content/uploads/2010/05/MMAP3.png
■問い合わせ先
A.I.R Miyashita Park
メール:airmiyashitapark(at)riseup.net
※(at)を@に変換して送ってください。
ブログ:http://airmiyashitapark.info/wordpress/